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つぐ太のブログ

Your sugar. Yes, please.

牧志治ギャラリートーク。辺野古・大浦湾の海の豊かさと美しさに驚き。

昨日は不屈館のほうで写真家の牧志治さんのギャラリートークがあり、行ってきました。

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牧志治さんは、沖縄市生まれ。本土で記者や広告代理店で働いた後、沖縄に帰ってスキューバダイビングの指導員などを20年やられてこられた方です。現在はカメラマンとして辺野古・大浦湾をフィールドに撮影活動をしています。

 

不屈館では「宝の海 とわに」として牧志治写真展を開催しています。年末まで展示されています。辺野古基金が各紙に掲載した意見広告のサンゴの写真を撮影された方です。

 

牧志治さんの自己紹介の話を少し紹介

 

1950年代、占領時代のコザ市のセンター通りの写真屋の息子として生まれました。ビクトリーフォトスタジオという名前で、ベトナムに行く兵士のポートレートを撮るというのが大きな仕事でした。そこで高校生まで過ごしました。

 

福岡で写真専門の芸術大学を出て、東京で仕事をしていました。妻を連れて沖縄に帰ってきて、しばらく広告業をしてからダイビングの指導員の資格を取りました。辺野古・大浦湾と出会うまではダイビングの指導員をしていました。

 

母が癌を患い、2年間介護をしていました。そして母が亡くなったときに、今考えても自分の性格からは信じられないですが、ショックで引きこもり状態になりました。そのときにダイビングの仲間が、辺野古でリーフチェックというサンゴの調査があるということで誘いを受け、辺野古・大浦湾でリーフチェックを行いました。 その後、渡嘉敷島で専門的なトレーニングを受けて、リーフチェックの指導員になれる資格を取りました。

 

1996年から1998年というのは世界的に温暖化がひどいくて(サンゴの)白化現象が起こりました。辺野古・大浦湾も同じように白化現象が起こりましたが、私が辺野古・大浦湾に出会った2004年当時にはすでに回復傾向にありました。その回復の速さにはびっくりしました。

 

沖縄本島石垣島なども白化減少でひどい状況になりました。辺野古・大浦湾も白化現象が現れましたが、健康な海は水温が下がればすぐに回復するということがそのとき分かったのです。そのとき慶良間や石垣の石西礁湖は痛んでなかなか回復しないなか、辺野古・大浦湾はすくすくと元に戻りつつあります。それで辺野古・大浦湾の海に魅せられました。そこにジュゴンが海草を食べにくる海だということも分かりました。沖縄にジュゴンが生きているということもそのときに初めて分かりました。ダイビングに携わる人間は東海岸をほとんど知らないんですね。そういう出会いから11年続いて、そこで写真を撮るようになり、そのなかでヘリ基地反対協議会の人たちと出会って、触れ合う中で、座り込みの一員となりました。それで現在に至っています。

 

 

 

たくさんの写真とお話がすばらしかった

余裕ができたら録音を起こして、辺野古・大浦湾の海の素晴らしさのお話も紹介したいと思います。とりあえず今日は牧志さんの自己紹介の話を紹介。