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つぐ太のブログ

Your sugar. Yes, please.

【毎日ブログ更新チャレンジ中】3月2日 ゆらり沖縄取材など

日記

今朝は、那覇軍港の動きについて連絡が入る。米軍のチャーター船のウェストパック・エクスプレスが入港しており、資材が搬入されているのだが、その様子がいつもと違うと言う。

 

銃を持った兵士が警備をしているという。そして弾薬のようなものを搬入しているという。

 

これまで那覇軍港内で兵士が銃を持って警備をしている様子というのは私自身はほとんどみたことがない。それほど重要なものを搬入しているのだろうか。

 

とりあえず那覇軍港に行くと、確かに4人ほどの兵士が銃を持って搬入作業をする兵士を見守っている。

 

いったいなんだろう。

 

那覇軍港を見た後に、民報の「ゆらり沖縄」のコーナーの取材で豊見城市に行く。今回から「ゆらり沖縄」のコーナーは動画も撮影しておこうと思う。以下の動画にまとめました。いや、まとめてないです、とりあえず撮ったものそのままです。動画編集の技術も身につけたいですねえ。


【ゆらり沖縄】とよみ大橋

 風切音がすごいな・・・風切音を軽減するモードにもしてるんですけどね。風防をつけなきゃいけませんね。

 

まずハーリー歌ですが、これは豊見城市がハーリーの発祥地ということで歌われたものだそうです。以下、豊見城龍舟協会のサイトからの引用です。

ドラゴンボート(龍舟)とは、古代中国で生まれた世界最古の手漕ぎ舟の競漕であると言われています。

古代中国の春秋戦国時代、楚の国に屈原(くつげん)という詩人であり政治家がおりました。屈原は秦の謀略から国を守るべく努力しましたが、自国内の権力抗争に敗れ国を追放されてしまいました。その結果、楚の国は秦に支配されてしまいます。国の将来を憂いた屈原は、湖南省の汨羅(べきら)の淵に石を抱いて入水自殺をしました。これを知った近くの漁民たちは、屈原の身を案じ、淵に潜む竜や魚に襲われないようにドラや太鼓を打ち鳴らして探し回りました。以来、屈原が入水した旧暦5月5日にその霊を祭る為の小舟レース大会が各地で行われるようになったといいます。時は紀元前278年だったとか。

又、汨羅の淵に入水した屈原の身を案じた漁民達が、「ちまき」で竜や魚の気を引いて屈原の身を守ろうとしたという説もあり、5月5日の命日にはちまきを食べるようになったとも言われています。

https://tomigusuku-ryusen.jimdo.com/

 ハーリーは中国から伝わったんですね。そして沖縄よりも先に日本本土へ、そして今では世界にも広まっていると・・・

知りませんでいた。ハーリーって沖縄独特のものなのかと思ってました。普段テレビを見ないのがたたってますね。やっぱりテレビ買ってニュースも見るようにしなくちゃなあ。

 

さて、とよみ大橋の由来碑の内容については豊見城市教育委員会に問い合わせているので、またあとで加筆したいと思います。

 

豊見城市教育委員会から資料をいただきました。記念碑の碑文が読みにくかったので書かれたものを送っていただきました。ありがとうございます。

 

とよみ大橋の由来碑

 

とよみ大橋は、饒波川と国場川の合流する漫湖湖畔の

豊見城村真玉橋と那覇市鏡原との間にかけられた沖縄初の

斜張橋である

この橋のかかる漫湖湖畔は 豊見城城跡を背景とした

景勝地として知られて また 都市地区では珍しい野鳥

の飛来する貴重な干潟となっている

そのため橋の建設にあたっては 湖畔の景観に配慮

しながら水鳥の生息する干潟の空間を確保するため

斜張橋という橋梁形式が採用された

また とよみ大橋の名称は 琉球の古語「鳴響む」に

ちなみ命名されたもので「とよむ」とは鳴り響く

から転じた「名高い」「美しい」「立派な」などを意味する

オモロ後の美称辞である

そのなのとおり この橋が未来への掛け橋として末永く

内外に鳴響むことを祈り この碑を建立する

平成五年十一月

 しかし、我が事務所はオスプレイの通り道になっているので辛い。お腹に響くような気持ちの悪い音なんだよね。ここ数日多いなあ。

 

あと、今日動画で自分を撮ったら、髪の毛が伸びてることに気づいて「そういや1ヶ月ぐらいたったなあ」と髪を切りに行ってきました。もみあげの白さが寄る年波には勝てないなあと、ちょっと悲しい。

 

今日の記事メモ